綜合キャリアグループの歩み

1990 長野市に「(株)ながの綜合スタッフ・オプショナリー」創業。
長野県内のスーパー店内マネキン紹介業からスタートした。
社長自らも店頭にスタッフとして立ち、次第にシェアを拡大。
山梨県にも展開し、電子デバイス請負にも業種拡大。

  • 写真:長野本社
    長野本社
  • 写真:山梨店
    山梨店
創業のトビラ
創業時の事務所で使われていた扉板。
現在は創業時の「初心」「挑戦心」を伝えるため会議室のテーブルに姿を変えている。

  • 写真:創業のトビラ
1997 「(株)ながの綜合スタッフ・オプショナリー」を「(株)綜合スタッフ・オプショナリー」へ社名変更。

オプショナリーシステム(現オプショナルシステム(R))
創業当初よりのキーワード「オプション(option)」は、スタッフにとって直接雇用となる選択肢(option)があることを示したもの。
派遣で働く方が顧客企業の一員となるオプションを提示し、そのキャリアを支援する仕組みとしてオプショナリーシステムを開発したのが、この頃。後の「紹介予定派遣」制度に先駈けた取り組みを行っていた。
1999 派遣法改正。
ポジティブリストからネガティブリスト化へ。
自由化業務として対象拡大からマーケット拡大。
長野でのシェア拡大と並んで、北陸、東北、東海へと展開拡大。
2000 紹介予定派遣、解禁。
2001 首都圏へ営業展開。
IT系をはじめコールセンターなど事務マーケットのニーズ拡大に伴い、首都圏の展開をスタート。
同時に、コスト要求に応えるため事業所のスリム化をスタート。
グループ会社「(株)アーツインテグラルオプショナリー」設立。
※現行「(株)綜合キャリアオプション」の前身

宮下公園事務所
限られたスペースながらスタッフの方々が緊張せずに登録できるように工夫していた。

  • 写真:東京・渋谷 宮下公園事務所
    東京・渋谷 宮下公園事務所
  • 写真:東京・渋谷 宮下公園事務所
2003 電子デバイス系の需要拡大〜工場系ニーズに応えて展開を強化。
2004 東北、甲信越、関東、東海に拠点を拡大。

  • 写真:渋谷店
    渋谷店
  • 写真:新宿店
    新宿店
2005 「(株)アーツインテグラルオプショナリー」を「綜合スタッフ」へ統合。
「(株)綜合スタッフキャリア」を設立。
(※現グループ ホールディングカンパニー:キャリアアセットマネジ(株))
TV-CM展開開始。
> 広告・CMへ
2006 「TEAMキモエ」発足。
学生・子どもへ働くことの意味を知ってもらうキャラクタ・アイコンとして展開。
学生向けのイベント支援など単なる企業アピールではないCSR活動。

2007 製造派遣期間3年に。
「バイトレ事業部」を発足。スポットニーズへの対応、働き方の多様化。
(※後の「(株)バイトレ」)

内部コスト効率化
(長野本社西館・山梨業務管理センター・集中受付センター、契約管理センター)

  • 写真:長野本社西館
    長野本社西館
  • 写真:集中受付センター
    集中受付センター
  • 写真:契約管理センター
    契約管理センター
2008
拠点数最大101か所へ。
「(株)綜合スタッフキャリア」を「キャリアアセットマネジ(株)」へ社名変更。
紹介関連サービスの展開(紹介、採用代行、採用支援…)へ。

キャリアアセットマネジによる当時の先進的「一元管理システム “O2システム”」

  • 写真:長野本社西館
  • 写真:集中受付センター
2009 「(株)綜合スタッフ」を「(株)綜合スタッフキャリアオプション」へ社名変更。
大手自動車メーカー各社の採用関連サービスをスタート。
専門26業務適正化プランをスタート。
BPOマーケットへの展開(官公庁系)
「バイトレ事業部」を「(株)バイトレ」へ法人化。
2011 東日本大震災。震災復興へ尽力。
就業支援事業の展開。
「(株)綜合スタッフキャリアオプション」を「(株)綜合キャリアオプション」へ社名変更。
障がい者雇用への取り組みスタート。
2012 「(株)綜合キャリアトラスト」 SAKURAセンターを設立。
法改正〜規制強化。
「綜合スタッフグループ」を「綜合キャリアグループ」へ変更。
2013 労働契約法改正。
2014 首都圏本部を渋谷から浜松町「世界貿易センタービル」へ移転。
2015 法改正

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