働く気がなかった男が、1000億企業の社長に成長するまで

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製造マーケットにおける人材派遣において、全国トップクラスの顧客企業数を誇る綜合キャリアオプション。社長の西野弘一は自ら営業戦略を練り、事業を成功に導きます。しかし、今でこそ頼りがいのある彼には意外な過去がありました。「働く気がなかった」という学生時代から、社長に至るまでの道のりをご紹介します。

就職氷河期。やる気なし、ビジョンなし、仕事なし

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西野 「『大学卒業してプータローしていました』と言うと、就職氷河期だったからねと言われるんですが、違うんです。働く気がなかったというか、自分が働けると思ってなかったんです」

2019年現在、綜合キャリアオプションで社長を務める西野だが、学生時代は“就職=建築学部や工学部のように、専門性や資格を持っている人がするもの”だと思っていた。「自分には武器になるものがなく、将来のビジョンもイメージできない」、そう自覚した西野は獲得した内定を自ら断り、フリーターの道を選んだ。

そんな西野は25歳の時、地元の富山に戻った。そこで改めて自分には何もないと気付いた西野だが、生活のために食品メーカーの営業職に就いた。

西野 「営業は嫌だったんですけれど、それしか募集していなかったので、嫌々選択しました。スーパーに訪問して商品を卸す仕事だったんですが、スーパーは忙しいので、肉や魚を切りながら話をするんです。ちゃんと話を聞いてくれないし、忙しいと怒ってばかりだし、嫌だなぁと思いながら毎日訪問していました」

仕事にやる気が出せない西野だったが、ある時転機が訪れる。

西野 「いつもは上司とふたりで現場を回っていたんですけれど、ある朝上司に『にいやん、俺今日は営業出えへんわ』と言われて、ひとりで7店舗伺うことになったんです。とにかく時間がなかったので、すぐに出発しました」

一番先に向かったのは、営業所から一番近いスーパー。だが、そこは西野が大の苦手とする担当者のいる店だった。

西野 「あまりにも嫌だったので、行かないで『断られました』と報告しようかと思いました。でもとりあえず行ったら、喫煙所に担当者がいたんです。それで『ゴールデンウィークに焼肉フェアやりませんか?』と声をかけたら、なぜかその日だけいいよと言われて。

その後も7店舗すべてでOKがもらえたんです。なんでだろうと思いつつも、嬉しかったのを覚えています」

それまで、嫌な仕事はとことん気が乗らなかった西野だが、この時あれこれ考えず足を運んだことが成功体験となり、大きな一歩を踏み出すことができた。自分が嫌がっても怖がってもだめで、話下手でもいいから、自分からお願いをしに行く姿勢が大切だと、身をもって学んだ出来事だった。

助けられて学んだ「人のために働く」ということ

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営業の楽しさがわかりかけた西野だったが、組織変更があり次にペアを組んだ先輩とそりが合わず前職を後にする。その後、営業経験を生かせる仕事を求めて綜合キャリアオプションへ入社。リクルーティングアドバイザーとして企業への営業やスタッフフォローを担当した。

西野の入社当時は、人材を探している企業様と、仕事をお探しの方、双方をマッチングする役割をひとりのリクルーティングアドバイザーが担っていた。入社して初めて企業様から人材のオーダーをいただいた時のことだ。

西野 「先輩に、『企業様からオーダーいただきました!こういうお仕事で、こういう人材をお探しです』と報告したら、『良かったじゃん!だったらこの人いいよ』と、あるスタッフさんを紹介してくれて。でもよく見たら、そのスタッフさんは先輩の担当企業に見学に行くことになっていた人だったんです。

同じスタッフさんをふたつの企業にはご紹介できないので、『この人こちらの企業に提案してしまっていいんですか?』と聞いたら、『いいよいいよ!だってそっちの会社でも取引あった方が絶対にいいから!』と言って譲ってくれて。なんて優しいんだとびっくりしたのを覚えています」

綜合キャリアオプションには個人のノルマはなく、チームで目標を掲げる。チームで勝つために仲間を助ける社風は、西野の目に新鮮に映った。

自分のために何かをしてくれる先輩に囲まれ、人のために働くという価値観を学んだ西野。それからは先輩上司、取引先の担当者、仕事を紹介する求職者、就業中のスタッフのために尽力した。

ひとつの企業にひとりのリクルーティングアドバイザーが担当となり、就業中の全スタッフのフォローを行うのだが、日々の中にはこんな心温まるエピソードもある。

西野 「当時18か19歳ぐらいの、ちょっとギャル風の女の子が自分の担当企業で働くことになったんです。ところがある日、企業担当者から『この間紹介してもらったAさんなんだけど……』と連絡があって、『どうしたんですか?来てないんですか?』と聞いたら『いや、来てるんだけど、着ぐるみ着て来てるんだよね』と言われて(笑)」

ピカチュウやプーさんなど、キャラクターの着ぐるみの上にジャンバーを羽織るスタイルが彼女のお気に入りだったようだ。

西野 「とりあえず企業に謝りに行って、その子に『着ぐるみおかしいでしょ!仕事に行く格好じゃないでしょ!』って言うと『なんで?カワイイじゃん!』と返されました(笑)。

ほかにもちょこちょこ注意するようなことがあったんですが、その都度フォローし続けていました。そしたらその子が期間満了になった時に、『ニシノー、次の仕事紹介してよ!』と言われて、少しは信頼してもらえたのかなと思って、嬉しかったですね」

責任も、「この人のために」という想いも、大きくなっていった

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こうして周囲との信頼関係を積み上げながら働くこと1年半。西野は新たにオープンする営業所の責任者を任された。

西野 「営業所の責任者になってみると、自分で採用した人たちをなんとかしないといけないという気持ちが大きくなって、頑張るモチベーションというか、『この人のために』という範囲が広がりました。

新しく立ち上げた営業所なので、当然売上が上がらなければつぶれてしまいます。入社したメンバーがひとつでも多くオーダーをいただけるように、身だしなみや言葉遣い、人間関係のつくり方までイチから伝えていきました。とにかく採用した人たちを路頭に迷わせてはいけないと必死でしたね」

こうして早い時期に責任者を経験したことで、今までは先輩にしてもらっていたことを今度は自分が後輩のためにしていかなければという責任感が生まれたのだという。新しいエリアでゼロから企業様と関係を作り受注を獲得するためには?自分だけではなく営業所の全メンバーが受注を獲得するためには?日々考え、既存の手法にとらわれることなく自ら突破口を開いた。

そして数年後には全営業所を統括する営業推進部へ異動となった西野。『この人のために』という範囲は、いち営業所から全営業所へと広がった。綜合キャリアグループ全営業所にかかわる営業戦略を練り、全国各地へ足を運び、目標達成のために奔走した。

西野 「営業推進部という部署は、全営業所の数値を追うので、自部署で完結できる目標値を持っていないんです。各営業所のメンバーに動いてもらわないといけないので、嫌われるのを覚悟で相当厳しいことも言ってきました。必要なことに対して、動いたのか?動いてないのか?動いてだめだったら次の手を考えればいいですが、動いてないと何も進まないので、そこはしつこくても言い続けていました。

現状と同じことをしていて数値が上がるわけがないので、どうしたら目標数値が達成できるかを試行錯誤して、毎週の営業戦略ミーティングで全店に発信し続けることをしていました」

2008年のリーマンショックで取引先企業の減産が相次ぎ、営業所メンバーの士気が下がり続けても、西野はメンバーを鼓舞し、営業数値を追い続けた。

そうした活躍が認められ、ついに2012年、副社長に就任する。

西野 「当時、人材派遣だけじゃなくて新しい事業を立ち上げていく動きが強まっていたんです。そのなかで神保社長(現:綜合キャリアグループ代表)から交渉に有利なようにと副社長の名刺をいただきました。

初めは、営業ツールのひとつとして与えてくださったんだな、と思っていたのですが、たびたび神保社長に『西野お前副社長なんだからさ!』と言われる機会が増えて、だんだんと責任の重みを実感していきました」

全国のターゲット企業へ、新サービスを引っ提げて同行提案に行くことも毎週のようにあったと言う。

西野 「これまで人材派遣や紹介しかしたことがないメンバーが、いきなり『システム売ってこい!』と言われても難しい場面もあって。自分が最後の一押しを受け持つことで『こうすれば売れるんだ』と手本になるようにしていました」

こうして西野は副社長として、各地の営業所メンバーと一丸となったアプローチを行うことで、念願の大手メーカーとの取引を開始させたり、新サービスの導入へつなげたりと、大きな功績をあげていった。

全国に足を運んで社員を勇気づける存在に

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社長就任後は、意識面でも変化があった。

西野 「ある企業とトラブルがあった時に、夜遅かったので『明日またやろう』と帰ろうとしたんです。そしたらちょうど神保社長から連絡があって、状況を報告したら『お前、それで相手先から社長さんどこまで知ってたんですかと言われて、ここから先はわからないですねと言えるのか?明日の朝でいいのか?』と。

『今日はここまで』といったペンディングをせずに、方向性を決めて動かさないといけないんだと痛感しました」

何か重大なエラーが起きた時、時間を戻すことはできない。そうならないために、情報を得て最善の方向に導くべく、西野は常に仕事でアンテナを張り巡らせていると言う。

西野 「営業についてはもちろんですが、それだけではなくて事務センターのこと、採用のこと、『これってどうなの?』と思ったことに対しては明日に回さず、その場で確認するようにしています。違和感を深堀りしていくと、必ずどこかで不整合が起きているんですよね」

社長になった現在の西野は、その妥協をしない姿勢のためか「怖い」と恐れる社員も多い。しかしその裏では、遅くまで頑張っている社員に声をかけたり、わざわざコンビニでドリンクを買ってきて差し入れるなど、仲間への思いやりも人一倍強いことが伺える。

西野 「創業者であるグループ代表の神保には、経験も知識もまだまだおよびません。しかし自分が各地に足を運んで社員を元気づけたり、企業に同行して受注が取れるのであれば、惜しまず行動します。

各店のメンバーからすると、あぁまた西野さん来るのか、何か言われるかなと思うかもしれないですし、実際言うんですが(笑)。利益は上げなきゃいけないので、厳しいことを言うのも自分の役目だと思って伝えていきます。全国のメンバーとともに、綜合キャリアグループの事業を大きくしていきたいですね」

各店のみんなにとって、近しい存在でいたいと言う西野。創業社長から受け取ったバトンを手に、今日も先頭を走り続ける。

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